私のESLライフ

私のESLライフ

今日は私のESLライフを話していこうと思います。

そもそも私は英語力はある方だと思っていたのですが、TOEFLのスコアがいまいち伸びないと言う問題を抱えていました。
これは高校3年生を卒業したあたりのことです。

恐らく勉強法が悪かったのか、結局入学ラインのスコアは叩き出せず、ESL入りを決めたと言うのが経緯です。

ESLに入学したのは11月あたりでした。
卒業して半年以上経っていたのですが、その間、1日も早くアメリカに行きたかったのを覚えています。
しかし、お金を貯めないと行くことはできない状況で、必死にバイトをした時期でもありました。

もちろんバイトだけで支払える留学費用ではなく、親には感謝感謝でした。

11月、寮に入り、ESL生活がスタートします。

最初の数週間は孤独との戦いでした。
ESLの私のクラスメートが1名しかいないレアな状況であったからです。
クラスメートは中東から家族で移り住んできた、赤ちゃんがいるお母さん。
当然一緒に出歩けるような人ではありません。なので、他のクラスメートと徐々に仲良くなるのに数週間の時間がかかりました。

当初は秋学期の間にTOEFLスコアを上げ、1月から入学しようと言う計画だったのですが、計画倒れになってしまいました。
スコアが伸びなかったのです。

恐らくこのような状況で悩む学生は少なからずいるはずだと思います。

今日は11月30日で、当時同じ時期に私も悩んでいた記憶があるので、あえて今日書こうと思います。

TOEFLスコアを規定レベル以上に上げれたのはなんと春学期が始まった後でになります。
そうすると、秋学期までどうやって過ごすべきなのか?

この時のオプションは下記の2つ。

1、日本に帰ってバイトをして学費を稼ぐ。
2、ESLを継続して、キャンパス内で様々な行事に参加し、英語力の向上、交友関係の拡大、様々な経験をする。

私は2番を選択することができました。

なぜなら、英語コミュニケーション力がまだまだであったからです。
なので、積極的にアメリカ人学生(アメリカなのでアメリカ人だらけなので)と、控えめな私なりにコミュニケーションを図ろうと試みた記憶があります。

そして後から思ったことは、この時に出会ったInternationalの友達の多くが、今でもFacebookに繋がっていると言う事実。

もし1月に入学していたら、出会えなかった友達もいたと思います。
そう考えると、日本に帰らなくてよかったと今でも思っています。

こんなことを言えるのも、これは親が学費を出してくれたから。
お金が厳しかったら帰らないといけなかったわけで、本当にここでも親に感謝です。

結果、春学期の間に、しっかり自分自身の英語力を磨き、夏に一時帰国をして、秋学期の8月スタートに備えた記憶があります。

一方で、TOEFLスコアをクリアして、8月に照準を合わせてESLを通らず入学した人もいました。

今思うと、あのESL時代は楽しかったなと思えます。。
ESL時代が終わると、当然クラスにはアメリカ人ばかり。
単位を取りGPAと結果が付いてくるので、いよいよ本気の勉強が始まっていきます。

いよいよ本当の米国大学の学びのスタートなのです。

 

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